「職人じゃなくて技術者であれ」
編集長
普通の世界であれば、名人というのはものづくりに対して「こうあるべき」というこだわりがあると思うのですが、名人は「職人じゃなく技術者であれ」と。逆に「自分の思いを入れちゃだめなんだ、その選手の思いを形にするんだ」とおっしゃっています。
名人
そりゃね、やっぱり、ここ、こうした方が私はええと思う時ありますよ。 しかし、それを私が言っちゃダメですよね。
編集長
そういう意味では、選手の意見を的確に聞き出さないといけない。
名人
そうですね、それが一番難しいです。 だからまず選手と話をする時は、手ぶらでは聞かないですね。 選手のロッカーに行ったりとか、練習の合間に聞くんやったら、グラブを持ってる時に聞くんです。そのグラブを見ながらね。ただ、手ぶらで何やかんや言われたって、やっぱりちょっと理解しがたいですから。 ですから一応ゲームで使っているグラブを基にして、いろいろ聞くんですね。 私はプレイヤーとは違いますが、15年は、ずっと草野球をやっていたんですよ。会社のチームに入ってね。 でも自分は野球をやりながら、重たい方がええか軽い方がええとか、分からなかったんですよ。 ですから最初、選手と接触しだした頃は、ちょっと戸惑いを。いろんな分からない事がいっぱいありました。理解できないことがね。
「そんなグラブ作ってしまってすんません」
編集長
名人から見て、60年間グローブを作って「理想的なグローブはこういうグローブだっていうもの」は、逆に無いということですね?
名人
無いです。 私らの取引先、小売店なんか行くと、店員やお客さんから「いいグラブの条件」や「いいグラブと言ったらどういうグラブですか?」って聞かれるんです。 答えようがないんですよ。十人十色、皆違うんです。手の大きさも違えば、握力も違う。 それを「こういうグラブがいいんです」と言ったって、皆に当てはまらない訳ですよ。
編集長
思いを込めて、選手の意見通りに作って、選手がファインプレーした、エラーした、それに対する思いはあるんですか。
名人
いやぁ、やっぱり良いプレーをすると嬉しいですよ。球場に行って顔を合わせた時に「こないだ、いついつの試合、ええプレーしましたね!」て言うてね。 2007年ですかね。仙台でのオールスターに行った時に、セ・リーグのロッカーで井端選手(中日)に会ったんですよ。 そしたら「せっかく作ってもらったグローブで、こないだエラーしてしまいました。すみません!」て言うてね、せやから「とんでもないです、そんなグローブ作ってしまい、すんません」って謝ったんですよ。お互いが謝り合い(笑)。 少なからず野球をやっていた人間からすると、なんとなくわかるのは、作り手側も特別なものだし、使う側も特別なものだから、そうやって言われるのはものすごい嬉しいんですよね。 今度作る時は、もっといいやつを作ろうと。 いつも、ちゃらんぽらんでやってる訳じゃないですけど、もっと精神統一してっていう気が沸きあがるんです。
名人が敷いた3つのレール
編集長
今でこそメジャーリーガーになっている日本人選手もたくさんいますけど、名人はそれよりも前に向こう(メジャー)に行かれ、メジャーリーガーと一緒に仕事をしていた訳ですもんね。
名人
僕がと言ったら、私1人じゃないですけど、レールを敷いたなという誇りを持っているんです。 日本のプロ球界でも国内で最初にグラブを作り出したのは私。これも私がレール敷いたなと。 そして、国内のワークショップ。私が乗り出した時、材料はアメリカ式と一緒で、材料・革・型紙みんな入れて、その国内のワークショップでも作れる態勢でまわりましたからね。これも私がレール敷いたなと。 ですから3つ、自分でレールを敷いたなと思っているんです。 アメリカと日本とワークショップですね。これが、私にとって一番の勲章やと自分では思っています。 もちろん、私1人の力でできたことじゃないですけどね。やっぱりサポートしてくれる人がいたからです。
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