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#006 グラブマイスター岸本 耕作氏 「品質は工程で作り込んでいく」





編集長

まず、岸本さんがミズノでグラブ作りに関わったきっかけからお聞かせください。

岸本氏

きっかけは、ごく普通のサラリーマンとなんら変わりないと思います。この工場がある町で生まれ育ち、ここから10分くらいのところにある高校に通ってました。3年生になり就職を考え出したときにたまたまこの工場で二名募集してたんですね。それで応募し、入社することになったんです。

編集長

岸本さんは高校まで野球をやられていたと伺ってます。やはり、それもミズノで働くという気持ちを強くさせた要因だったんでしょうね。

岸本氏

いや、実はそういう特別な気持ちは当時はなかったですね。地元で、しかも、こんな大企業に就職できるチャンスがあるというのが最初のきっかけでしたね。ただ、グラブ工場が地元にあるというのは中学生の時から知ってましたので、「なおさらいいな」とは思ってましたけど(笑)

編集長

そうだったんですね。それで見事入社されました。最初はどんなお仕事からスタートしたんですか?

岸本氏

私は1976年に入社したのですが、当時は80名くらいのスタッフで1日に500~600個のグラブを生産しておりました。大量生産をするためのいわゆる流れ作業になっていたのですが、私が担当したのはその中のごく一部の工程を、毎日毎日繰り返し行っていくと言うものでした。


編集長

その後、一通りの工程を経験することになったのですね

岸本氏

そうです。最初の仕事を1年間やった後に、グラブ生産の中でも最後の工程である「仕上げの工程」を5、6年やりましたね。これも毎日500個以上のグラブの最終仕上げを毎日繰り返し行ってました。その後は、工程の中でも比較的力の要る「表返し」という作業があるのですが、それを数年やりました。最後に「ミシン」でしたね。

編集長

今回、その工程を実際に拝見させていただき驚いたのですが、想像以上に手作業が多いことと、いわゆる完全な“流れ作業”という工程でもないように感じましたが、なにか理由があるのでしょうか?

岸本氏

そうでしょうね。おそらく見た感じは決して効率がいいようには見えないかもしれません。流れ作業をすると各工程の時間も違いますし、周りの工程に合わせて急いで作業を行うことで失敗も出てしまいます。基本的な考えは、グラブというのは時間をかければかけるほどいい商品ができることは分かっていますので、現在ではいわゆる流れ作業ではなく、「セル生産」と言って、個々が1から10までやることを理想において、それに近い形で工程を組んでいるんです。 そういった意味では昔とくらべて、かなり「セル生産」に近い形になってきていると思います。


編集長

岸本さん自身で全ての工程を経験なさって、そして生産方式も進化していった。その流れの中で岸本さんがマイスターへの道を歩むきっかけがあると思うのですが、なにかターニングポイントみたいなものがあったのですか?

岸本氏

当時は、グラブ工場はここだけでなく、奈良、大阪など複数の工場で生産していたのですが、のちに、プロ選手のグラブ、オーダーグラブなどの生産を波賀に集約したんです。その流れで、今の「ミズノプロ」という最高級のブランドを立ち上げ、最高級のオーダーグラブを生産するためのプロジェクトチームが発足され、そのプロジェクトメンバーに入ったんです。その当時は坪田名人を筆頭に、プロジェクトが動き出しました。 そこで、「お前がやれ」ということになったんです。それがターニングポイントだったのかも知れません。それから坪田名人といっしょにプロのグラブ作りが始まりました。それが今から15年くらい前でしょうか。

編集長

それは大きなチャンスだったのでしょうね。当時はどんな心境だったのですか?

岸本氏

当時の工場長から「お前、できるか?」って聞かれました。できる、できないではなく「やります。」と答えました(笑)。それはもうプレッシャーはありましたし、「やります」とは答えたけど本当にできるだろうか、なんていう不安もありましたね。ただ、誰かがやらなければならないので、こんなチャンスはないと思いましたね。ただ、せっかく地元の波賀がグラブ工場の拠点になったわけですし、“城を守っていこう”ではないですが、そんな心境もありました。また、坪田名人は大阪が拠点でしたので、自分がやらなければ、という強い気持ちで取り掛かりましたね。

編集長

坪田名人から手取り足取り教わったこともあったのですか?

岸本氏

いやいやそれはないです。グラブ作りは自分でどれだけ経験したかが重要です。それぞれの工程でそれぞれの担当者から専門的なことは教えていただきましたが、最後は自分がどれだけ経験を積んだかが全てだと思っています。たとえば「まとめ縫い」という工程があるのですが、あれは何度教えてもらっても、理屈を考えてもうまくならない。難しさで言えば「まとめ縫い」が一番難しいかもしれません。とにかく数をこなす必要があるんですね。ただ、それだけを極めてもいいグラブはできない。それこそ、革選びから最後の仕上げの工程までトータルといいますか全体のバランスによっていいグラブが出来上がるんです。それもこれも経験なんです。


編集長

そんな経験の積み重ね、ご自身の努力もあり、今では松井選手、イチロー選手からも全幅の信頼を勝ち得てるわけですね。

岸本氏

最初は厳しかったです。今だから話せますけど、最初にイチローさん用のグラブを作り届けたときには、グラブを手にして首をかしげてましたから(苦笑)。それで再度作り変え、二回目に持っていった際には見る前から「見るのが恐いですね」って言われました。焦りましたね。 結局、採用されるまで50個以上のグラブを作り直しました。しかも、すべて同じモデルなのですが、同じペーパーパターンから作っても50個作ると50通りのグラブができるんですね。「顔」がちがうんです。素人の方ではまったく違いがわからないと思いますが。トータルで満足していただけるまで何度となく作り直しました。

編集長

年間、この工場でプロ選手用のグラブは何個くらい作られているのですか?

岸本氏

年間1200個くらいですかね。選手によっても違いますが、キャンプ前に2つ程度、その後シーズン途中で作り変える選手もいます。通常はゲーム用と練習用にわけて使われていますね。中には、5、6年ゲーム用を使い続ける方もいますね。

編集長

そのプロ仕様のオリジナルグラブの話をお伺いします。実際にプロ選手のグラブを多数手掛けておられるわけですが、具体的にどのようなリクエストが来るのか教えていただけますか?

岸本氏

ポジションによって違いますね。

編集長

まずピッチャーからお願いします


岸本氏

現在の傾向でいうとまず軽さでね。メッシュ素材にしてほしいであるとか、大きさを小さくして軽くするなど、まず重さを最もこだわりますね。今では圧倒的に軽さが主流です。昔は投球時に反動を使うためのバランスを取るために重いグラブを、なんていうリクエストもありましたが今ではほとんどないですね。体力的なことなのか、指導方法によるものかは分かりませんが、少しでも負担をかけないという理由からではないでしょうか。あと、ピッチャーからのリクエストで多いのが、球種をばらさないための工夫ですね。具体的には、ポケット(捕球部分)を広くというのが多いです。これは、ボールを握る際に手の動きを隠すためですね。グラブの大きさを変えずにポケットだけを広く深くということです。同様に、隠す目的でいうとグラブの土手(手首に近い部分)です。その土手の位置を下げてほしいというリクエストもあります。これは、手首の動きで球種が分からないようにするための工夫です。また、グラブの指の部分ですが、これもわずかな隙間から手が見えないように、通常とは別に、紐をつけてほしい、絞ってほしいというリクエストもあります。ピッチャーはあまり派手なグラブはもてないので、ほとんどがウェブの部分ですが。最近ですと、型押しといって、革を浮き上がらせて立体的に見せる工法があるのですが、それが多いですね。 このように、基本的にピッチャーは主に機能性重視ですね。

編集長

深いです。。。今までスポーツショップにいって誰々投手モデルのグラブを何気なく手にとって見てましたが、デザインだけでなくそのようなポイントで見るのも面白いですね。野手はいかがですか?


岸本氏

まず、革の質感です。現在ではしっとりとした質感が主流です。ほとんどの選手がこれにこだわります。表現としては濡れているような感じでしょうか。乾いた感じの革は好まれませんね。 そして、機能面でいうとまず大きさですね。各選手ともにミリ単位でこだわります。ある選手からは「全体に3ミリ大きくしてください。ただ、全体に大きくするのではなく、指の長さは変えずに3ミリ大きくしてください」といった具合に。つまり、指と指の間の股を上げて指の長さを変えずに全体的に大きくする。あるいは、「グラブを地面につけたときに小指の部分だけが地面との隙間ができるので、小指の部分を他の指の部分と同じ長さに伸ばしてください」といったリクエストもあります。究極のリクエストはイチローさんですね。「2.5ミリ大きくして下さい」と、0.5ミリ単位です。他には手を入れた時のフィット感ですかね。 あとは、硬さ。これは選手によって分かれます。宮本さんや荒木さんは硬いのを好まれますし、最近ですと若い選手はわりと柔らかいものを好みます。親指の芯で調整したりもします。 ポケットの深さもありますね。昔から定番になっているように、ショートは普通、サードは深く、セカンドは浅くといった基本的なポケットの深さの常識は今でも継承していますが、セカンド用に変化が出てます。昔に比べると深くなってます。それこそ、昔の土井(正三)さんのグラブは鉄板のように平らでした。篠塚さんや川相さんも浅かったですね。今は、総じて深めです。人工芝の影響で打球が早くなっているのでそれを受け止めるだけの深さが必要なのかもしれません。軽さを追求するとどうしても革が薄くなってしまうのでそれを深さで補う感じでしょうか。あとは、早い打球に押されてグラブが反り返ってヒットを許してしまった場合など、次は少し硬めにしてほしいということもあります。これはどちらかというとメンタル面からのリクエストです。心理的に不安になるのだと思います。 ウェブも機能面から選ばれますが、最近の主流はショック系ですね。これは単にデザインだけでなく、ボールが抜けづらいとか、打球に強いという理由からですね。


編集長

それだけ複雑なリクエストを忠実に、しかもミリ単位で具現化できているところが、ミズノのグラブの進化にもつながっているんでしょうね。そんなプロ仕様のグラブ作りの中でもっとも気をつかわれている部分をあえて挙げるとするとどんなところでしょうか?

岸本氏

ミズノの基本的な考えとして、「品質は工程で作りこんでいく」というものがあります。つまり、よいグラブというのはすべてのプロセス、工程の総和だということです。どの工程も大事なんです。それが結果としてトータル力としてよいグラブができるのだと思います。これがグラブ作りの基本です。それと、もう一つは作りながら何度も手を入れて整えていく部分です。私はすべて1から10まで全てひとりで作り上げていますが、その間、何度となく手を入れて調整していきます。ラインの工程でもそれぞれの工程で手を入れ、調整し、そして馴染ませていくのです。なので、機械ではよいグラブはできないわけです。

編集長

そんなこだわりの工程で作られているグラブが実際にプロ選手だけでなく、オーダーグラブで一般の方もプロと同じグラブを手にすることができる。今日、こうして全ての工程を実際に視察させていただき、改めてグラブを大切に使いたい気持ちが強まりました。

岸本氏

私も実演などでよく聞かれるのですが、「プロの革とは違うのでしょう?」という質問をよく受けるのですが、まったく同じ革質を使っているんです。先ほども言ったように、50個つくったら50通りの革を使うことになります。ですから、確率で言ったら一般の方のグラブの方が、プロ選手よりもよい革を使っているケースが圧倒的に多いわけです。あとは、どれだけ手入れをするか。そこが重要なんです。

編集長

最後にお聞きします。"グラブマイスター冥利に尽きる”、その瞬間はどんな時ですか?

岸本氏

月並みですが、自分で作ったグラブで選手がファインプレーをした瞬間ですね。



インタビュー/荒木重雄(編集長) 写真/福田清志



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