#007 久保田五十一氏 「目で音を聞く」




(バット削りの作業をしながらの質問)

編集長

それは、誰のバットを作ってらっしゃるのですか?

久保田氏

イチローさんのバットです。

編集長

何も見ずに削られてますが、図面みたいなものはないのですか?

久保田氏

(目の前の完成形のバットを指差し)あ、これです。(笑)基本はこれを見ながら作ります。もちろん、要所要所でサイズを確認していきます。たとえば、先端、打芯部など6箇所をチェックしながら削ります。

編集長

イチロー選手のもので大体シーズン何本くらい作られるのですか?

久保田氏

例年ですと100本前後くらいでしょうか。

編集長

イチロー選手はあまりバットを折らない印象がありますが。

久保田氏

そうですね。ただ、折らないから数が少なくていいということではないんです。 バットで一番難しいのは、形状を合わせたら同じバットができないんです。同じ木で作っても比重が違ったり、そもそも陽が当たる部分と当たらない部分があるので、場所によって微妙に材質が変わってしまうんです。たとえばバット用の原木で大体4本~8本くらい取れるのですが、陽当たりによって木目の幅がだいぶ変わってきてしまう。(原木の輪切りにした部分を指して)たとえば、この木で4本くらい取れますが、イチローさんのバットに適している部分は一箇所しかないんです。 なので、もう一本同じようなバットを作ろうと思ったら、同じ環境と条件で育った原木で、かつ同じ陽当たりの部分の箇所が適しているということになります。


編集長

ということは、バット作りはまず素材選び。 つまり、先ほど見せて頂いた丸太の束から陽に当たっていて、かつ木目の良い丸太選びから入るのですね。

久保田氏

そうです。まずはそこがスタートです。ただ、想いとしては、山で立っている時に「自分の目でみて切り落とし、そこから作る」くらいのストーリーが欲しいところです。その土がどうなっているかとか。木の大きさだけではないんですね。そこまでこだわりたい。 実際、青ダモの買い付け、アメリカメープルの買い付けは自分の目で確かめて調達してきます。現場にいくと目の置き所が変わってくるんです。気候、土の色、景色、陽当たり、針葉樹林の中に立っている木など、すべての要素を勘案して選ぶのです。

編集長

素人が見るとどれも同じに見えます。

久保田氏

どんなに多くの木があっても、良い木は目立ってるんです。女性といっしょです。(笑) キレイな木は森の中でも目立っている、そんなもんです。多分、魚市場でマグロの買い付けをしているプロも同じだと思います。近くでいちいち品調べをしているのではなく、並んでいる全体を見た時点で大体買いたいマグロは決まっている。あとは近くでそれを確認しているだけだと思うんです。野球のスカウトの世界もそうだと思います。将来有望な選手は、アマチュアの時代から何か光っていると思うんです。それは体の大きさとかその時の成績だけでは計れない何かがある。言葉では説明できない何かがある。きっとそうだと思うんです。

編集長

それが、名人は山の中でわかるということですね。

久保田氏

『昭和の大修理』を手掛けた西岡さん(西岡常一氏)の本を読ませて頂いたことがあるんです。薬師寺の改修をするときに、大きなヒノキが台湾にしかなくて台湾に買い付けに行ったそうです。その時に、中が空洞なのか、しまっているのか、それは葉の色でわかると言っておられたんですね。たとえば葉が輝いている木は中が空洞の確率が高いというんですね。外から中を見てるんです。 落花生を新聞紙に広げたときに、人間は無意識に美味しいものから手がいく。「いりまめの 選(え)り食(ぐ)い」という言葉がありますが、まさにそれですね。私は50年同じ仕事をしています。毎日成長している感覚はないですが、やはり、10年、20年と積み重ねることによって人間がそもそも持っている動物的な感覚というのが無意識に研ぎ澄まされていくんでしょうね。


編集長

たとえば、あれだけ丸太が積んでありますが、名人はまず何から見るのでしょうか?

久保田氏

「色」です。木肌です。人間と一緒でまず健康であることが第一。健康に育った木の色がいいんです。その次は「音」です。

編集長

どのように音を鳴らすのですか?

久保田氏

普通、音というと耳で聞こうとしますね。それではだめなんです。耳で音を聞こうとすると全部聞かなければならないじゃないですか?それでは効率が悪いんです。まず、「目で音を聞く」のです。

編集長

...(沈黙)

久保田氏

耳で聞いたら全部聞かなければならないじゃないですか。だからまず目で聞くんです。見た感じでどんな音がするのか分かってくるんです。その上である程度絞り込み、あとは選別するために耳で確かめるん感じです。普段の仕事の中から常に「良い音がする木はどういう色をしているのか」というのを意識しておくことですね。その繰り返しなんです。逆にそれが分からなかったらこの商売はできないですね。

編集長

しかし、そこまで来るのには相当の時間と苦労があったことでしょうね。

久保田氏

たとえば、若い人はバットの原木となる良材を仕入れるためには北海道に行くことだ、と思うかもしれません。そうではないんです。北海道に行くことが重要なことではなくて、「木を見る目」がなければそもそも北海道に行こうが、アメリカに行こうが時間の無駄です。私は幸い趣味がハンティングです。これまでいろいろな山に行っています。そうすると、あちこちに伐採された切り株が残っているわけです。そこで、ひとつひとつその切り株を見て確認していくわけです。その時に、土は何色でその下草はどういうものか、斜面は南向きなのか、北向きなのかを記憶しておくのです。あるとき北海道に行った際、山の遠くから「あの辺に良い木が生えてませんか?」と聞いたんです。そうしたら「どうしてわかるんですか?」という答えが返って来ました。そんなもんです。まずは好奇心。つまりは意識の問題と経験なんです。 釣りもそうですね。広い海の中でも釣れる人は釣れるポイントを知っている。それは過去の経験から釣れるための条件を満たしているポイントが見えるんです。


編集長

なるほどですね。「色」と「音」。まだありそうですね。

久保田氏

はい、次は「お客さんです」。 お寿司屋さんに行ったとします。良いお寿司屋さんは、お客さんの好みを知っています。同じサバでも脂ののっているのが好きなお客さん、脂が少ないのを好むお客さん。必ずしも、正解は一つではないということですね。大事なことは、お客さんの求めているものを自分の中でどう情報として蓄積し、それを具現化できるか。それは直接的な質問からだけでなく、普段の会話の中から聞き出す場合もあります。なぜ、そうするかというと自分がお客さんの立場になった時にそうして欲しいからです。ミズノ創業者である水野利八さんが工場にいらしていたときに、毎回同じ言葉を繰り返していました。「毎日毎日、何百本とバットを作って頂いているけど、その1本は自分で買うと思って仕事をしてほしい」と。これが口癖でした。そして、それが私の原点なんです。ですから、今も「私がプロ野球選手だったらどういうバットが欲しくて、どういうフォローをしてもらいたいか」ということをいつも考えて仕事をしています。

編集長

おっしゃることはよく分かります。 ということは、自分で作ったバットを選手の気持ちになって振ったりもされるんですか?

久保田氏

以前こんなことがありました。バット作りでお客さんに満足してもらえないという壁にぶち当たったんです。 私は硬式ボールを一回も打ったことがありません。悩んだ挙句、自分で打たないとお客さんの気持ちになれないのではと考えたのです。会社に相談して、実際ボールまで用意してもらいました。自分で打ってみて選手の気持ちを感じたかったのです。しかし、直前で思いとどまりました。経験者でない自分が、就業時間を終わってから1、2時間打ったところで何が分かるのだろうかと。その程度で140キロのボールをバットに当てることは不可能でしょ。仮にたまたま当たったとしましょう。もし、そんな浅い知識で打てたとしても、それがかえって邪魔になるのではと思ったのです。それよりも、何十年も野球をやられてきた選手に「自分のバットの良いところと、悪いところを二つだけ教えてください」という質問をしたんです。つまり、残したいところと変えたいところはどこですか、という質問に変えたんです。そうすることで、選手が求めているものが見えてきたのです。


編集長

名人がこれまで手掛けられたバットで一番印象に残っている最高のバットみたいなものはあるのですか?

久保田氏

あくまで選手に気に入って頂いたバットが最高のバットだと思っています。ただ、これまでひとつだけ印象に残っているバットがあります。それは落合さんのバットです。ある時、落合さんがオフに工場にいらしたときの会話です。「ありがとう。あのホームランは"バット"で打たしてもらったよ」と仰って頂いたのです。それは嬉しかったですね。そのバットは、稀に見る最高の良材で作ったバットだったのではっきりと覚えていました。「あのバットと同じものを作ってください」と頼まれましたが、「あのような材料が手に入らない限りは無理です。私の力ではどうにもならない部分です」と答えました。それくらい木の質は大事なのです。

編集長

バットの良し悪しを左右する材料(素材)の占める割合はズバリ全体の何%くらいですか?

久保田氏

95%です。人間が関与できる部分なんてわずかなところです。ただ、材料を選ぶのは人間であるということです。落合さんはそれを分かっておられました。いい材料であってもバランスがありますから同じ形状で作っても必ず重さが変わってしまいます。そういう場合は、多少削ったり残したりして、バランスを調整してでも良材でバットを作ることにこだわっておられました。選手によってもグリップであるとかヘッドの部分であるとか、バランスであるとか、絶対に譲れない部分と、逆に多少であれば譲れる部分を持っている場合があるんですね。


編集長

たとえばグリップ。一流選手はどれくらいの精度で違いがわかるものなのでしょうか?

久保田氏

0.1ミリですね。最近の選手は皮手袋をしているので誤差がでますが、当時の落合さんのように素手で打っている選手は0.1ミリの違いは確実にわかります。実際、落合さんから0.2ミリの違いでクレームを受けたことがあります。年末に良いバットと悪いバットを工場に持ち込んでこられたことがありました。悪い方には×印がついており、「こっちは絶対に細いはずだから計ってみてください」と。実際に計ったら本当に0.2ミリ細かったことに驚きました。と同時に自分の中で疑問符が立ったんですね。大変失礼だとは思ったのですが落合さんに質問をさせて頂きました。「落合さん、失礼な質問になるかと思いますが、自分は0.2ミリは許容範囲だと思ってました。今後のために教えて頂きたいのですが、0.2ミリ細いということはどのような影響がでるのでしょうか」と。すると、落合さんはバットを取り出し教えてくれたんです。「バッティングというのは構えているときは落ちない程度に軽く持ってて、インパクトの瞬間にグッと力を入れるんです。0.2ミリ細いと、力を入れたときに手の中でグリップに遊びが出来ちゃうんです」と。納得しましたね。それ以来、私の中の許容範囲は0.1ミリになりました。(笑)


編集長

話は変わりますが、名人は野球中継を見るときにどのような視点でご覧になるんですか?

久保田氏

バットばかり見ています(笑)あんまり勝敗は見てませんね。自分で作ったバットでヒット、ホームランを打って頂いたときが嬉しいですね。特にイチローさんの10年200本ですとか、シーズン最多の262本などに関われる仕事が出来ていることが本当に嬉しいことであり、掛け替えのない経験ですよね。自分でお金を出せば経験できることはたくさんありますが、こればっかりは自分ではどうにもできないことですし。150年近い野球の歴史の中で、たまたまその時に関われたという偶然に感謝ですね。

編集長

最後に名人にとってバット作りとは?

久保田氏

「仕事」です。仕事だから誰にも負けたくない。それに尽きますね。


インタビュー中に作られたイチロー選手のバットとともに記念撮影。 バット名人久保田 五十一氏(写真:左)と草野球オンライン編集長(写真:右)


インタビュー/荒木重雄(編集長) 写真/福田清志



 

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